第8回東京大学ホームカミングデイ


ホームカミングデイで映画『シロタ家の20世紀』を上映しました

<参加者の感想>
『シロタ家の20世紀』―伝えてゆかなければいけないメッセージ

たくさんの偶然の出会いが重なって生まれた映画『シロタ家の20世紀』。神が藤原智子監督に託したのであろうこの作品に欠くことのできない女性、藤田晴子さん。天才ピアニストレオ・シロタの愛弟子であり、東京大学初の女子学生である彼女が青春時代をすごしたキャンパスで『シロタ家の20世紀』が上映されたこの一日は、藤田さんの魂の強い思いが導いた奇跡だったのでしょう。

2009年11月14日、工学部2号館221教室。天気予報では大荒れだったはずの雨は上映を前に上がり、理想的な満席といえる200人近い観客が見守る中、上映会は始まりました。
日本国憲法草案にかかわり、第24条『男女平等』の理念を盛り込んだベアテ・シロタ・ゴードンさんを描いた『ベアテの贈り物』の続編である『シロタ家の20世紀』ですが、『ベアテの贈り物』を見る機会を逸していた私はまさに真っ白な状態で画面に向かっていました。映画はベアテさんの従妹の娘、アリーヌ・カラッソさんのインタビューから始まります。パリでの『ベアテの贈り物』の上映会を偶然に知り、駆けつけたというアリーヌさんは自身、そしてベアテさんの出身であるシロタ家の写真や歴史的資料を集めていました。それらを通じてシロタ家の歴史がひも解かれてゆきます。19世紀後半、帝政ロシアの反ユダヤ主義の下、ウクライナ地方に住む多くのユダヤ人も弾圧を受けていました。彼らのことわざに『苦難や貧しさがすべてを教えてくれる』とあるそうですが、多くのユダヤ系音楽家を輩出したこの地方に住んでいたシロタ一族が、類まれなる音楽の才能を発揮したのも偶然ではなかったのでしょう。レオ・シロタの弟ピエールはパリで一流の興行師・音楽プロデューサーとして活躍、ベアテさんの父レオ・シロタは全ヨーロッパで世界的ピアニストとして演奏活動を行い、1929年からは17年間日本に滞在。積極的にリサイタルを開き、多くの優秀なピアニストを育てる教育活動も行うなど、一族の輝かしい活躍ぶりが美しいピアノの調べにのって淡々と語られてゆきます。特に日本でのレオ・シロタの偉大な功績は私にとって未知のものでした。多くの人を包み込む包容力、弟子の個性を伸ばす才能、音楽への情熱、何より素晴しい演奏家としての才能。レオ・シロタを慕って多くの音楽家が来日し、日本におけるクラシック音楽の礎が彼によって築かれたのです。

しかし正直なところ、私は途中まで映画を見ながら不安になっていました。このままこの映画は終わってしまうのだろうか…確かにシロタ家の栄光はドキュメンタリーとして素晴しいと思うけど、ユダヤ人にとって大変な時代にもシロタ家は活躍しているし、心に訴えてくるものがあまりないなあ…と。けれどもそんな私の浅はかな心配はナチスの台頭を機に一気に吹き飛ばされてしまいました。ユダヤ人狩りともいえるナチスの弾圧は容赦なくシロタ家にも降りかかります。レオの長兄ヴィクトルは政治犯としてつかまり行方不明に。その息子イゴールはノルマンディー上陸作戦に参加して戦死。一流プロデューサーとして活躍していたピエールも秘密警察に捕まりアウシュビッツ収容所送りに。日本にいたレオ・シロタの家族も官憲の監視の下に置かれることになります。全編を通して余計な演出や解説はなく、歴史の記録と残された家族のインタビューを見せられているだけなのに、胸をえぐられるような悲しみと残された遺族の無念さが押し寄せてくるようでした。収容所の外に展示されている貨物車に書いてある『馬なら8頭、人間なら40人』という文字の意味を考えるとき、またノルマンディーのポーランド軍人基地に数多く並ぶ十字架の一つに『シロタ』の文字を見つけその前で涙するアリーヌさんの姿を見るとき、『戦争』という二文字の言葉の重さを思い知らされるのです。戦争やナチスに関する記録映画は何本も見ているのに、『シロタ家の20世紀』にことさら切なさを感じたのはバックに流れるシロタ氏のピアノ演奏が大きく影響しているのでしょう。その時代を生き抜いたレオ・シロタの演奏は単なる映像にユダヤ人の思いを吹き込んでいるのかもしれません。
いつしか会場はすすり泣きに包まれていました。

場面は変わり、スペインのカナリア諸島グラン・カナリアのテルデ市にあるヒロシマ・ナガサキ広場です。そこにはスペイン語で日本国憲法第9条全文が載る碑が建っていました。市長はインタビューの中で『あの条文は我々の希望です。』と語ります。私ははっとしました。もちろん頭では分かっていました。聞かれてもきっとすらすら答えられたでしょう。『憲法第九条はとても大切な条項で守らなければいけないものです。』と。しかし世界中で多くの戦いが繰り広げられる中、唯一日本だけが『戦争放棄』を明文化できた国であること、憲法第九条が希望の言葉として外国に掲げられていることを知ったとき、誇らしさと『絶対に第九条を失ってはいけない!』という熱い思いがこみ上げてきました。会場にいた全員が同じ思いを抱いたことでしょう。

『天からの贈り物』と監督自身が言うように、この映画は多くの人智を越えた出会いの下に製作されました。何より制作費をどうしようかという折に、レオ・シロタの愛弟子藤田晴子さんの遺産の役立て方を考えていた富田玲子さんに遭遇したことには藤田さんの深い思いを感じます。天賦の才能を与えられたと言うにふさわしい藤原智子監督の『シロタ家の20世紀』を見てなぜ神がこの作品の作り手として藤原さんを選んだのかよく分かりました。一人でも多くの人にこの作品を見て欲しい、いや見てもらわなければならないと思います。藤原監督、素晴しい作品をありがとうございました。

92年度卒 金沢 亮子


シロタ家の20世紀

さつき会は今年のホームカミングデイに、映画『シロタ家の20世紀』の上映と藤原智子監督の講演を行います。この映画は、藤原さんの前作『ベアテの贈りもの』の続編ともいえる作品です。ベアテさんの父で世界的ピアニストのレオ・シロタとウクライナ出身のユダヤ人であるシロタ一族が戦争と迫害の20世紀を生きた感動の記録です。また、この映画はレオ・シロタの愛弟子で東京大学の女子学生第1号であった故藤田晴子さんの基金の支援も受けております。

さつき会会員以外の方もご参加いただけますので、皆様お誘いあわせの上、奮ってご来場下さい。


内容:
映画『シロタ家の20世紀』上映
監督・藤原智子氏(1955年文卒)による講演
日時:
2009年11月14日(土曜)14時~16時
場所:
工学部2号館221号講義室 (地図他のサイトへ
参加費:
無料(事前申し込み不要)

赤門学友会で保育をご用意くださいます。
キッズルームの利用は事前の申込が必要です。
11月10日(火曜)午前中までに赤門学友会事務局にお申し込み下さい。
(Fax)03-5841-1054  (e-mail)

※映画についての詳しい情報は『シロタ家の20世紀』公式ページ他のサイトへをご覧下さい。